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思い通りになかなかいかない20代最後の日常と妄想。

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死んだばーちゃんの人生について考える

死んだばーちゃんの人生について考える

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「ばーちゃんが息してない」という電話をうけた。
ばーちゃんが倒れて普通に会話できなくなって1年と少し。
それでも施設に行けばばあちゃんは居るし「来たよ」とか「起きて!」「目開けて!」「見て!」とかいうと返事したり微笑んだり。帰りがけに、夢の中で作った「ヌタを作ったで持ってきぃ」と、料理を持ち帰るよう言ったりしてた。
だんだん、会話ぽいことは言わなくなってきてたけど、反応はあったし、動かないけど手をつなぐ力を感じたりしてた。

 

駆けつけると、ばーちゃんはいろいろお供えされてるところに寝てた。悲しくて、違う顔みたいで、声が出なかった。親戚の6歳の男の子に「泣いてるのー?なんでー?」と言われて「ばーちゃんがいなくなって、悲しいからだよ」と答えた。その子があまりに聞いてくるので、わんわん泣けなかった。

 

 

その日はお通夜の準備の分担を父に言われて、弟と一緒に昔の写真データから遺影用とメモリアルフォトフレーム的なやつ用に6枚写真を探した。父が家族の写真データを10年以上まめに保存してたから、スムーズに出てきた。

ばーちゃんは父方の母で、三重のかた田舎に生まれ、ずっとここで育ち、ここで婿養子をむかえ、この町で人生を過ごした。
私の実家のあるここは、この町は、豊作のお祭りやお寺を中心とした風習がいまだに残る、かつて農村だった田舎町。

優しくて穏やかで内気でめんどくさがりやのばーちゃんが、どんな生い立ちなのかほとんど知らなかった。
話せる時に聞けばよかったのに。
すごく知りたくなって、いろんな親戚に少しずつ聞いたり、ばーちゃんを知るお坊さんの話をきいて、この3日間で、ばーちゃんがかなりハードモードな人生を送ってきたことが明らかになった。

ばーちゃんは5歳の時に母親を亡くした。いきなりこれ。ばーちゃんの父親は婿養子だったので、妻(ばーちゃんの母親)が他界したことで家を出ていった。幼いばーちゃんをおいて。

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幼いばーちゃんは自分のおじいさんと二人暮らしすることになった。祖父はいたけれど祖母も母も他界していたので、女手がおらず、14歳くらいから農村の行事ごとがあるたびに、料理やお世話に駆り出されていたらしい。

家がお寺の裏にあるため「お寺のお庭の手入れやお掃除など、お寺につかえた。」と85歳のヨボヨボのお坊さんが言っていた。

そのあと、唯一の肉親だったおじいさんが死んだ。見兼ねた親戚が「婿養子をもらいなさい。この人は大工だから職人だし安心だ」と、ほぼ選択肢なしの状態でお見合。
お相手の男性を見たばーちゃんの第一印象は「背が高くて男前やなあと思ったら、座高が高かっただけやった」らしい。
この「じーちゃんの背が低いエピソード」は孫の代まで語り継がれることになる。
こうして婿をむかえた。それが、私のじーちゃん。

…これで白馬の王子さまが、不幸なこれまでを救ってくれる……!!  なんて、結婚がゴールの現代女性なら夢を見そうだけれど、
このじーちゃんがこりゃまた本当にもう、クセものだった。

私も、父も、弟も、親族誰にきいても、死んだじーちゃんの思い出で真っ先に出てくるのが「酔って暴れるじーさんの図」だ。
じーちゃんは大工で職人で、飲んでないときは大人しいお茶目なじーさんだったが、飲んで暴れだすともうめちゃくちゃだった。
殴るわ怒鳴るわそりゃもうすごかった。子どもながらに怖かった。

肉親のおじいさんが他界して、やっと迎えた婿がこんなに酒癖の悪い男で、ばーちゃんは子どもが小さい頃は本当に苦労したと思う。
酒飲みの旦那に加え、ばーちゃんにさらに嫌な思いをさせたのが、義理の両親だったそう。
料理が不味いだの刺身を買ってこいだの散々言われ、酒を飲んで旦那と義父そろって暴れてたらしい。
ばーちゃん、殴られたのかな。
ばーちゃん、嫌だったろうな。
それを見てうちの父や叔母さんは育ったのか…とか、いろいろ思った。

ばーちゃんはある晩、いつものようにじーちゃんが飲んだくれて暴れたので、2人の子どもたちを置いたまま家を出た。
子どもたちは親戚の家に自力で行って、母がいないから探すよう頼んだ。ばーちゃんの内気でネガティブな性格を知る親戚のたちは“早水池”という、その地域では大きくて、身投げや引き込まれるという言い伝えのある池に「飛び込むかもしれない」と
親戚中あつまって池の周りを探し回ったらしい。
そして、ひょこっと帰ってきた。
「あのとき早水池に飛び込もうと思ったけど
私は母なしで育ったから、子どもたちにそんな想いはさせたくないと思ったんや。」と、
数十年経って、その時の心境を娘(わたしの叔母さん)に伝えたらしい。

そこまで追い詰められてたばーちゃん……。


それから子どもたちも成長し、孫ができて、ばーちゃんにはたくさん家族が増えた。
ばーちゃんの消極的で繊細な性格とは真反対の、ガサツで活発な女が嫁にやってきた。
それが、私の母。

ばーちゃんと母は嫁姑の関係なのだけど、
あまりにも性格が違うので、宇宙人同士のコミュニケーションのような、さばけた関係性が生まれてた。私には、母がばーちゃんをすごく好いてるようにみえた。

ここまで聞いて、ずっとずっと狭くて、日当たりを感じられないこの田舎町で育ったばーちゃんの人生に、風が吹き出すかんじがした。

 

娘や息子が結婚しても、孫ができても、じーちゃんの酒癖の悪さは変わらなかった。
うちは最初二世帯つながっていたのに、
「じーさんが上がってくるから」と、唯一つながってる階段に蓋をした。
ベニヤでガチガチに釘で打ってあった。こどもながらに笑えた。
夜中に玄関をガチャガチャ鳴らして怒鳴り込んできたりして怖かった。
「絶対に開けてはいけないよ」とばーちゃんは嫁である私の母に教えていたらしい。
それを聞いて母は「絵本の中のお話みたい!」と。いまでは笑い話。

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じーちゃんがどれだけ暴れても、明らかにばーちゃんの肩をもつ陣営が増えていた。
私の父はとっくに喧嘩でじーちゃんに勝てる体格と腕力になっていたし、その嫁である私の母はほとんど動じることがなかった。
それに、ばーちゃんが最もじーちゃんに毅然としてた。

じーちゃんが暴れる、父が喧嘩しながら止める、ノックダウンしたじーちゃんをうちの母が車に乗せる…という流れでよく運んだと。
「お義母さん、(この酔っ払い)どこに寝かせたらええ?」とばーちゃんに聞くと
「そこに置いとき。」と言うらしい。
駐車場、みち、どこにじーちゃんが寝てても「そこに置いとき。」と。
「そんな!車に轢かれるやん!」と嫁はいいながらじーちゃんを土間に置いてきてたらしい。

そんでもじーちゃんは老いて、病気して弱って、最後の方はお酒を飲んでも泣上戸の穏やかなおじいさんになった。私の描いた絵を見て、感動してよく泣いてた。

じーちゃんが死んだとき、ばーちゃんは病室のベットで泣きもせず、「じーさん?」と言って起こすようにベシベシ頬っぺたを叩いてたのを印象的に覚えてる。みんなが手を焼いたじーちゃん…。

ここから10年間、干渉されるのが嫌いなばーちゃんは、ひとり気楽に、時代劇チャンネルを観たり作りたいものを料理したり、へんな通販を買ったりして、ひ孫の顔もみて(私の子ではない。)町は出ないものの、穏やかな日々を送ってた。

ばーちゃんは昔、こんなことを言ってたらしい。
「あたいはむかし、わりとちゃんとした占いに行った。その時に“あんたは男運がすこぶる悪い。でも、子どもの運がめちゃくちゃに良い。”て聞いたんや。せやで、男運なんてどーでもええ。子ども運だけでええ。」と。

確かに私の父も弟も、酒飲みだけど酒癖は悪くない。親族みんなそう。ご機嫌に楽しませるような飲み方。踊るところはみても、暴れるところはみたことない。
ひいじーちゃんから続く酒癖の呪いは、占いの通り、ばーちゃんがとめたのかな。

納骨するとき、お墓を開けるとじーちゃんの骨がきれいにのこっていて、そこにガサっとばーちゃんの骨を父が重ねた。
みんなが少し苦笑いした。「またじーさんと一緒かって嫌がってないかなあ…」といいながら。

今日は、5歳の頃に亡くしたばーちゃんのお母さんのお墓に、ばーちゃんの骨を分骨しに行った。
また父が適当な部分の骨を取って、埋めた。


ばーちゃん、よかった。子どもが成長してからばーちゃんの味方がたくさん増えて。みんな健康で明るくて元気よ。

ばーちゃんごめん、私の旦那さんも孫も見せられなくて。
でもごめん!!あの嫁の娘やもんで、
そーゆーのに気遣って、人生のハンドルきれるキャラじゃなくてさ…!

気にしいで食いしん坊な、ばーちゃんが好きよ。私と同じだから。
子どもの頃、母親が仕事から帰ってくるまで、テレビ見ながらいろんなお菓子食べたね。
ばーちゃんが糖尿病で、最近は食べられなかったから、たくさんたべてね。


ばーちゃんが大好きで食べ過ぎて怒られてた、きなこもち味のチロルチョコ、昨日、探し回ってやっと見つけて買ってきた。チロルの思い出と、本当にお別れなんだと涙が出たよ。


ばーちゃん大好きやに。
ありがとう。

 

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